





平郡島は、山口県柳井市南方20kmに浮かぶ、県内で2番目に大きい島です。
この島は、民家を海風から守るため石垣で囲まれ、透明度の高い海と相まって、さながら南の島のような風情ですが、気候は穏やかで年間の寒暖差が少なく、快適に過ごしていただけます。
海運が盛んであった時代は戦いの要となることも多く、「平郡」の名も敗走の果てにこの地に隠れ住んだ木曽義仲の遺児「平栗丸(平群丸:へぐりまる)」が由来であるといわれています。
傾斜が多く、島の中央を小高い山で隔てられた平郡島は、東西のわずかな平地に集落をつくり、暮らしてきました。東西それぞれ独自の生活を守りながらも共存した島のみどころを紹介します。
平郡三景に数えられる五十谷三島や大嶽など、自然の表情が豊かな東地区には、島唯一の海水浴場もあり、レジャー目的の来島者も珍しくありません。
平郡島の西に位置する西地区は、美しい夕日が自慢です。
海を目前にのぞみながらも淡水をたたえる蛇の池は水が貴重な島にとって信仰の対象となっています。
潮の流れが早く、本土から距離がある平郡島は、海水の透明度が高く紺碧の色をしています。
また、家屋を強い海風から守るため、周囲を石垣で囲っている姿は、まるで南の島のよう。
豊富な魚を求めてスナメリも頻繁に顔を出し、リゾート感を演出しています。火山活動が生み出した、表情豊かな岩も見所です。
平郡島を含む地域一帯は、長い日照時間を誇り、穏やかな気候に恵まれています。
水はけのよい土壌、内海独特の複雑な潮流から生み出されるミネラル豊富な潮風が、島の産業の基盤になっています。
島の殆どが急傾斜の森林で覆われている平郡島に移り住んだ人々は、大変な苦労を重ねて島に農地を開拓しました。
この時の経験が、壮絶を極めた北海道開拓の地でも発揮されました。劣悪な環境に多くの入植者が挫けるなか、平郡出身者は群を抜く成果をあげたと伝えられています。
平郡東小学校は、地域のみなさんといっしょに子どもを育てる、あたたかな学びの場です。ICT教育や支援の取り組みも取り入れ、地域の誰もが参加しやすい、居心地のよい学びの場づくりを大切にしています。