THREE MOST SCENIC SPOTS OF HEIGUN ISLAND平郡三景

3つの小島が連なる絶景

五十谷三島

平郡島の南東端にあり、五十谷海水浴場の延長線上に3つの小島が連なります。
白い砂浜と生い茂る樹木の深緑、真っ青な海のコントラストが鮮やかで、平郡島随一の名風景です。
潮が引くと三島の先にある三嶋大明神まで歩いて渡ることができます。
海水浴場はシャワー・トイレ施設があり、キャンプも楽しめます。
県視学に従事した来栖守衛氏がこの地に訪れて詠んだ一詩を紹介します。

茫々万里碧洋浜 一帯巨巖自絶壁  顧望徘徊独空間 奔斯奇巧果何神

標高271mにある巨大な一枚岩

大嶽

大滝山にそびえる、あたかも人の立った姿のように見える立岩です。しま山100選にも選ばれています。
港から約1時間の頂上からは、東に東集落や屋代島(周防大島)、遠く愛媛、広島が、西に佐田岬、晴れた日には、はるか遠くに九州連峰を望め、その間を縫うように数々の船舶や漁船が走る光景は見飽きることがありません。
「千畳敷」と呼ばれる広い洞窟があると言われてまして、戦時中には海軍の施設が設置されていました。
かつて岩屋権現を奉祀した場所や、一番エゴ(穴)ゴットンエゴもあります。

蛇の池
池の近くのお堂
数メートル先に海が広がる淡水湖

蛇の池

島の最西端にある、波打際より数十メートルの、面積約三丁歩(約2.9ha)位の淡水湖です。
小石の土堤に三方を覆われているためか、水色が季節によって変化、海上を行き交う船舶や漁船と共に、刻一刻と移ろう景観が楽しめます。
池の近くに建つ赤石神社と蛇の池にまつわる伝説が今も島民の間に語り継がれています。

CULTURAL PROPERTY平郡の文化財

  • 木造薬師如来坐像
    4木造薬師如来坐像 一躯

    平郡東浦の浄光寺薬師堂に安置されている面相豊かな座像で、作者は春日亭と伝えられていますが明らかではありません。檜材の寄木造で、像高89cm、膝張72cm、螺髪彫出、肉髻珠、白毫には水晶が嵌入されています。
    流麗な衣文は平安時代後期の藤原仏の特色を表していますが、造作は鎌倉時代と思われます。
    地元民の信仰が厚く、貞享年中(1684~88)及び享保年中(1716~36)、さらに明治以降も二度にわたり修理が行われたため、造顕当初の象容が損なわれていましたが、専門家の手で完全に復元されました。
    平郡村庄屋鈴木家の記録によれば、「文治元年伊予の国より薬師坊主迎ふる」とあり、また寺伝にも同様の記録があることから、文治元年(1185)、伊予の大山寺から薬師坊主を迎え、一堂を設けたものと考えられます。
    浄光寺は、江戸初期、神代兵庫の子が出家して真宗の一寺を興したものですが、はじめ無住の竜福寺薬師堂に住していた因縁で、その本尊を守護したもののようです。

    県指定有形文化財 昭和41年6月10日指定
    柳井市平郡2006 浄光寺

  • 海蔵院の大ソテツ
    5海蔵院の大ソテツ 一株

    本堂の前、山門と鐘楼の中間に、一本の大きなソテツの雄株があります。黒潮にのって流れ着いたものを拾って植えたと言い伝えられていますが樹齢は不明です。
    地上96センチメートル・幹囲は196cm、根回りは約300cm、地上100cmあたりから4つの枝が出ており、枝張りは東約140cm、西約80cm、南約130cm、北約180cm。主幹の高さは、553cm。
    多数の分枝がありますが、特に人工を加えた形跡は認められません。このソテツの場所は土盛りされたもので、幹が約180cm埋まっているといいます。
    このように主幹が著しく大きく、かつ、まっすぐなのは珍しいです。

    市指定有形文化財 昭和54年3月31日指定
    柳井市平郡1600 海蔵院

  • 平郡の魚類供養塔
    6平郡の魚類供養塔 一基

    浄土宗名城山円寿寺境内にある魚類供養塔は、花崗岩の上・下二段の基礎の上に立つ砂岩の塔碑で、角に丸みのある高さ63cm、前幅22.5cm、奥行21cmの角柱上端四角形です。
    正面に「江海魚鱗離苦得楽」、左側面に「明和九辰年二月立之」、背面に「施主 佐伯屋吉右衛門」とあることから、江戸時代、豊後水道に面した現在の大分県佐伯市方面に出漁して財をなした網元・佐伯屋吉右衛門が、明和9年(1772)に施主となって建立したものであることがわかります。
    また、右側面の「法華経一部」「三部経一部」により、供養のために法華経一部と三部経一部が納経されていたと想像できます。このような魚類供養塔は県下でも珍しく、当時の平郡島漁民の美しい心情のほどが、しのばれます。
    当時から供養の記録は残っていませんが、今日では平郡西の住民によって、毎年夏に手厚い供養が営まれてます。

    市指定有形民俗文化財 昭和59年8月15日指定
    柳井市平郡西円寿寺境内 円寿寺

  • 重道八幡宮の棟札
    7重道八幡宮の棟札 七枚

    重道八幡宮の棟上・修理・屋根の葺替などに関係する棟札7枚で、それぞれ弘安3年(1280)・暦応3年(1340)・寛正5年(1464)・長享2年(1488)・慶安4年(1651)・宝永3年(1706)・享保6年(1721)の年号が記されています。
    これらの棟札は、平郡島の開発に大きな役割を果たした浅海氏、鈴木氏、嗣官小林氏の存在を実証すると同時に、数少ない平郡島の中世資料として、また市の神社史資料として貴重です。
    重道八幡宮は、「防長寺社由来」に「往古豊前の国宇佐より勧請仕之由二御座候、御鎮座時代年号相知不申」とあることから、弘安のころ平郡島に渡ってきた伊予国河野氏の家臣・丹治という者が宮司小林家のルーツと思われます。
    弘安3年の棟札は、この記録が正しいことを伝える唯一の生の資料として重要です。

    市指定有形文化財 昭和60年9月5日指定
    柳井市平郡西 重道八幡宮

HUGE TREES平郡島の名木

  • ソテツ

    5ソテツ

    海蔵院

  • イブキビャクシン

    8イブキビャクシン

    小林旅館

  • イチョウ

    7イチョウとクスノキ
    社叢にクスノキとタブノキの大木群

    重道八幡宮

  • 5ケヤキ

    海蔵院

  • 9エノキ

    大本神社

  • 10ヤブニッケイームクノキの群落

    海童神社

  • 11ヤブニッケイ・エノキ群落

    真宮社

  • 12早田八幡宮

    ケヤキ群

  • 12ウラジロガシ

    早田八幡宮

  • 13カシワ群落

  • 14自生モモ群落

  • 15ムクノキ・ヤブニッケイ群落

    神名浦大明神

  • 16タブノキ・ヤブニッケイ群落

    大久保大明神

  • 17バクチノキ群落

  • 6円寿寺のカカツガユ

  • 18バクチノキ・ムクノキ・タブノキ

    妙見社

  • 19イワシデ群落

  • 20キハギ群落

  • 21ムクゲ群落

  • 22バクチノキ

    大明神

  • 23アコウ

  • 24イブキビャクシン

  • 25ヤナギ群落

  • 26ナシカズラ群落

SHRINES AND TEMPLES平郡の神社仏閣

  • 4浄光寺

    平郡東にある浄土真宗の寺院です。寺伝によると天文年中(1532~1554)に信者の神代兵庫という人が真宗を広めたのが始まりとされています。この寺の薬師如来像は山口県有形文化財に指定されています。

    柳井市平郡2006
    アクセス:平郡東港より徒歩約3分

  • 5海蔵院

    14世紀前半、河野浄空が平郡西に創建、一時寺運が途絶えたものの、17世紀半ばに閑鴎守沢が曹洞宗として再興しました。
    明治4年(1871)の寺院整理によって合併した、平郡東の浄土宗円福寺と平郡西の寿現寺が廃寺した際、円福寺の旧堂のあった現在の場所に引寺しました。

    柳井市平郡1600
    アクセス:平郡東港より徒歩約12分

  • 円寿寺
    6円寿寺

    平郡西にある浄土宗の寺院。明治4年(1871)の寺院整理によって平郡東の円福寺と平郡西の寿現寺が合併し、寿円寺となりましたが、のちに円寿寺と改めました。
    境内には柳井市指定有形民俗文化財の「魚類供養塔」があります。

    柳井市平郡4326
    アクセス:平郡西港より徒歩約5分

  • 重道八幡宮
    7重道八幡宮

    平郡西の氏神ですが、創建年代は不明です。この八幡宮に収められている一番古い棟札が弘安3年(1280)であることから、これ以前の創建と思われます。
    参道を登りきったところにある狛犬一対は、北海道岩見沢へ移住した人々が寄進したものです。

    柳井市平郡4324
    アクセス:平郡西港より徒歩約8分

  • 早田八幡宮
    12早田八幡宮

    平郡東の氏神で、寺社由来には、伊予国に宇和の早田八幡宮を勧請したとされていますが、平郡東鈴木家家系図には文治元年(1185)、鈴木三郎帯刀仲光が移住に際して紀伊国早田から勧請したものとされています。

    柳井市平郡2085
    アクセス:平郡西港より徒歩約5分