TOPOGRAPHY東西に長い平郡島の地形

東西に長くて平地が少ない平郡島の地形は、なぜ生まれたのでしょうか。
日本列島西部の地形は、フィリピン海プレートが南から押したために生じた皺の地形ですから、東西に長く伸びています。平郡島も例外ではなく、東西に長くて山がちな地形になったのです。

平郡島の海岸は東西で異なります。東には五十谷(いや)海岸のように砂浜が見られますが、西には砂がなくて岩石海岸です。
平郡島の東側は、地中深くに存在した花崗岩がゆっくりとせり上がって形成されました。花崗岩が風化すると砂粒や真砂土に分解するので、砂浜ができたのです。一方で平郡西では火山が爆発しました。火口からは溶岩や火山灰が噴出しました。溶岩が冷えると凝灰角礫岩(ぎょうかいかくれきがん)になって、一面に散乱したのです。
なお島の南側の長崎鼻では、植物を挟み込んだ跡がついた化石が採取されます。火山灰が植物に降り積もって、長い年月の間に化石になったからです。

STONE WALL ISLAND岩と石垣の島

島の大半が傾斜地の平郡に移り住んだ人々は、わずかな平地に住まいを構えました。そして、斜面を削って農地を確保しました。
岩だらけの原生林の開拓は困難を極めましたが、人々は辛抱強く農地を広げていきました。この時の大変な経験が、明治時代の北海道開拓に大いに生かされたのは言うまでもありません。
掘り出した岩や石は段々畑の基礎に用いる他、強い潮風と波から民家を守る石垣にも利用しました。
平郡の町を歩くと、いたるところに石垣が顔を覗かせます。石垣は平郡の象徴であると共に、島での暮らしを少しでも豊かにしようとした努力した、先人の足跡なのです。